機動戦士ガンダムサンダーボルト1巻 考察 挿入歌が示す登場人物の心情
はじめに
機動戦士ガンダムサンダーボルト、昨年アニメ化もされた作品ですが、僕は漫画で読んだときに一気に引きこまれファンになりました。作者は「MOONLIGHT MILE」で有名な太田垣康男氏。この人の作品はいつも対照的な二人の登場人物を中心に話が進むものが多く、松本大洋氏の作品を連想させます。
加えて本作は音楽が作中でとても特徴的に使われています。そこも引きこまれた内容の一つでした。個人的な感想としては、ガンダム作品の一つというより、太田垣康男作品の一つという印象が強いです。その為、ガンダムシリーズが好きではない人でも入りやすい作品ではないでしょうか。
ただ、ネット上を検索していて、あまり作中の音楽の歌詞などに関してあまり触れられているものがなかった為、今回はそのあたりも含めた内容の考察を書きたいと思います。今回のブログでは、まず1までの内容にかんして触れます。
本作品の特徴
内容に入る前に、本作の特長・構造を確認します。
- これまでの太田作品同様、主人公は対照的な二人。リッチマン(イオ)とプアマン(ダリル)。他者の承認を求めるダリル、求めないイオ。同じ戦場を通して、両者は対照的に戦争を生き抜く。
- 作中にはサンダーボルト放送局というラジオ番組が登場する。「連邦にもジオンにも属さない海賊ラジオ」「no border no war」というセリフが作中に出る通り、このラジオが放送されるエリアでは、両軍のイデオロギーとは関係のない、其々の人間模様が描かれる。つまり、ダリルとイオも軍のイデオロギーを超えた対決と言える。※また4巻以降ではサンダーボルトというキーワードそのものがイデオロギーを超えるものとして機能する。
- 本作での音楽の歌詞は、基本的に登場人物の心情を表すものである。このあたりは、「機動戦士ガンダムサンダーボルト外伝」を読むとよくわかる。外伝では一話毎、其々の登場人物ごとに登場する音楽が違う。この外伝は、本作での音楽やサンダーボルトの意味をわかりやすく描いている。
このあたりの話は、太田氏本人もインタビューで話ています。
これを踏まえた上で本作を読むと、非常に読み応えのある内容として楽しむことができると思います。
太田垣康男:コミカライズではない、漫画として面白い「ガンダム」を | アニメイトタイムズ
1巻の内容の考察
それでは先程までの内容を踏まえて1巻の内容を見ていきます。
ダリル
- 一話冒頭、ダリルは、好きな人を想う片思いの曲を聴いている。上記で確認したようにこれはダリルの心情の現れ。承認欲求、もしくはこの後登場するカーラに対する恋心か。
- エンドレスサマーという曲がダリルのお気に入り。終わらない夏。彼はこの曲に家族との思いでや人の温もりを重ねている。
- ダリルはサンダーボルト宙域という補給路を守るスナイパー。連絡経路を守るダリルと、分断するイオ。ここでも対照的。
- ダリルの所属する部隊はリビングデッド師団。その構成員は五体の内どこかを失っている兵士ばかり。つまり、持たざる者=プアマンの部隊である。
- 上官のフーバーがイオに殺された後、イオとの会話シーン。ダリルは義足=プアマン=持たざる者。イオはリッチマン=持てる者=運良い。この関係性の為、ダリルは義足を笑うイオを許せない。
- 母艦への帰還の中、フーバーの事が、プレイボーイ気取りで嫌いだったとつぶやく。ここも彼の承認欲求ゆえの発言に見える。
- その後、カーラがフーバーの亡骸をみて泣き崩れる。フーバーは本国に婚約者がいるが、カーラとも恋仲にあったことがわかる。それに驚く周囲と、一人驚かないダリル。やはり彼はその関係性を知っていて、冒頭あの片思いの曲を聴いていた。そしてプレイボーイ気取りで嫌いだとつぶやいた。
- ダリルが「気づいてよ、世界で一番君を~」という歌詞を聞いている所にカーラが現れ、撃墜王のダリルにフーバーの仇を取ってほしいと告げる。ダリルはそれを聞き、「今夜は特にカーラの付けてくれた義足が痛む」と言う。カーラへの想いを気づいてほしいのに、戦争好きの撃墜王とレッテルを張られることに寂しさを感じている。※次のシーンで、カーラは戦争が嫌いであることがわかる。
- サイコザクのテスト中。ダリルの過去の回想シーン。彼の家は地球での市民権がなかったために宇宙にいきパイロットになるしかなく、そこで両足を失った。彼は持たざる者。しかし、サイコザクは失った手足と共に、失った自分の過去を取り戻してくれる存在でもあることがここで描かれる。
- 7話冒頭、「今日も僕は待ち続けるよ~」という歌詞と共に、カーラを連想するダリル。ここで明確にカーラに想いがあることがわかる
- ムーアの残骸を舞台にガンダムとの戦闘。スナイパーライフルがガンダムを捉えたかに思えた瞬間、サンダーボルトの雷鳴により、ビームの起動がそれてしまう。ここでもイオは運の良さを発揮する。
イオ
- 一話出撃シーンにて、イオはジャイアントステップスというジャズを聴いている。ジャズは様々な背景を持つジャンルだが、ここではイオが戦闘を楽しんでいる人間という記号として機能している。ドラムスティックでリズムを刻むところにもそれが現れる。※ジャイアントステップスは有名なサックス奏者ジョン・コルトレーンのアルバム。
- クローディアの軍的なナショナリズム発言に対し、忌々しく思うイオ。自分の故郷や出自をよく思っていない。
- 出撃後、「サンダーボルト宙域ではフリージャズがお似合いだ」というように、この宙域では軍事的戦闘だけでなく、其々の個人的な思惑も含まれている。
- 敵のリックドムを奪取して帰還するイオ。彼はサイド4の首長の息子であり、ルックス良し、カリスマありの存在であることが語られる。そのリッチマンぶりゆえに、上官にも僻みうける。
- その後クローディアとは恋人同士である事がわかる。ここも片思いを続けるダリルと対照的
- イオの所属するムーア同胞団よりガンダムが配備される。ここで流れるのはラプソディ・イン・ブルー。※なんでこれが流れるのか正直わかりません。誰かわかる方がいれば教えてください。ただの太田さんの趣味か?
- 副艦長よりガンダム配備の激励文(ムーア同胞団からの)放送を聞くイオ。それに対し勢いよく鼻をかみ、あえて場をぶち壊す。彼が故郷のナショナリズムにアレルギー反応があることの表れである。
- クローディアとコーネリアスによるイオの過去の回想シーン。イオは上流階級の出身で、当時から社交界が嫌い。そして出自により、彼らは戦争からに逃げられない宿命。
一巻ラスト
- お互いの音楽が対象的に鳴り響く中戦闘が加速する。デブリ群を挟んでの射撃戦を行うも、性能差からダリルは追いつめられるが、とっさの照明弾により戦闘を離脱。両者の決着は持ち越しとなる。
- それまでテープのジャズを聴いていたイオがラジオをサンダーボルト放送局に切り替える。ここで流れる曲は、両者、そして物語の今後を示す歌詞。「酒場の女が笑う ここは世界の果ての果てだと 最後のタバコで空を汚そう 俺たちはどこへ向かうのか 旅の目的も忘れちまった 俺たちが夢見た希望の町も 風に運ばれる塵となり 渇きを満たす水だけを求め 曇天の荒野をさまよう 履き古した靴と破れた地図をポケットにねじ込み 最後のタバコで空を汚そう」※この歌詞をかみ砕くと以下のような感じか。
- 旅の目的も忘れた=其々、状況に翻弄され何のために戦争をしているのか、もはや判然としない。
- 夢見た希望の町=イオ(ムーア)=ダリル(失われた家族)
- 渇きを満たす水=イオ(ガンダム・戦闘)=ダリル(カーラからの承認)
- 履き古した靴=ダリルの義足 破れた地図=イオのやり場のない感情?
- 最後のタバコ=最後の戦闘
本当は1~3巻の考察をするつもりでいたんですが、思いのほか時間が掛かったのでとりあえず一巻まででアップします。
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