ヴィンランド・サガ22巻 感想 考察 ラグナロク後の世界
先日ヴィンランド・サガの22巻が発売されました。
ついにアニメもNHKでスタートして注目を集めている本作。
今回もこのブログではこの漫画の内容について考察していきます。
バルト海戦役のテーマ
18巻から一貫している各話タイトルである「バルト海戦役」。このバルト海戦役のテーマを改めて確認していく。
復讐と赦し
17巻のヒルドを巡る「狩るもの狩られるもの」から継続しているテーマは復讐と赦すというテーマ。このテーマには、①トルフィンが自分の父親の敵であるフローキを赦せるのか②ヒルドの父親を殺した敵としてのトルフィンは赦されるのか、という2つの問題がある。
①に関しては21巻でフローキの子供であるバルドルが仲裁に入ることで一旦棚上げの状態に。トルフィンは怒りを抑えることはできたが、完全に赦せたという雰囲気はなく、今後も継続するテーマになるものと予想される。
②に関しては、ヒトルフィンが今後も争いを起こさない存在でありつづけるのかヒルドに監視されている状態。22巻ではガルムとの戦闘がそのポイントとなったが、トルフィンはアシェラッドの過去の戦い振りにヒントを得てガルムを殺さずに無力化することに成功する。これはアシェラッドがトルフィンにとっての父親役だったことを思い起こさせるシーンでもある。
また、今回の戦闘でトルフィンは争いを避ける手段として、農場編でみせた非暴力の精神以外に、相手の考えを読んだうえで自分の主張を通すという「交渉」という手段を身に着けたシーンともとれる。
ガルムを殺さずに済んだトルフィンはヒルドから「命拾いしたな」とくぎを刺される。
①②共に被害者は明確に相手赦すことができておらず、22巻では結局復讐と赦しという問題は先送りになったといっていい。 ただ、22巻の終盤でトルフィンはトールズの墓があった跡地を訪れるシーンがあり、ここではすでにトールズの墓が跡形もなくなっていることを知る。墓がなくなったということは、父親の死に区切りをつけるシーンとも取れるため、①の問題については22巻で解決したととらえてもいいのかもしれない。
ノルド戦士の最後(ラグナロク)
バルト海戦役では、ノルド戦士のアイデンティティであるバルハラ思想の終焉がもう一つの大きなテーマである。
北欧神話のオーディンの居所。ワルハラ,バルホルとも。〈戦死者の広間〉の意。広壮な館で,戦場で倒れた勇士(エインヘルヤル)がオーディンの命でワルキューレに運ばれて住む一種の楽園。イグドラシルの樹上にあると考えられ,540の扉があり,屋根はきらびやかな楯でふかれ,ベンチは鎧でおおわれているという。
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北欧神話の中では、終焉の日を「ラグナロク」と呼んでおり、本作ではこのヨーム戦士団を巡るヨムスボルグの戦闘がノルド戦士の世界を終わらせる「ラグナロク」ととらえることができる。
22巻冒頭、トルケル軍の決死隊の戦士は、自らの死に際して、ヴァルハラは存在しないことを悟る。ノルド戦士の終焉を決定づけるシーンである。
その後戦闘が終わり、朝日が昇る際、ヨーム戦士とトルケル軍の戦士が心を通わせるシーンがある。これはラグナロクによりノルド戦士の世界が終わり、この物語として新しい価値観の世界が始まることを感じさせるものである。
これ以外にもこの戦闘がラグナロクと感じさせるシーンがある。北欧神話におけるバルドルは剣で貫くことができない存在とされている。22巻でバルドルは、フローキが自らのために多くの人間を犠牲にしていくことに耐えられなくなり、剣による自殺を図るが、結局のところ自殺を実行することできずその場で泣き崩れてしまう。これは北欧神話との連動性を感じるところである。
また、ラグナロクではバルドルは一度死に、新しい世界が始まる時に蘇る存在でもある。バルドルは自殺に失敗するものの、その後のシーンで死刑台に上り、トルフィンによって国外追放とされる。これも実質的に一度死んで蘇ったととれる内容である。
ガルムとトルケル
ガルムとは北欧神話においてはラグナロクの際に軍神テュールと相打ちになる存在とされている。本作ではテュールはトルケルにあたり、神話同様の結果になるものと思ったが、結果は2人ともラグナロクを生き残る結果になった。ガルムの回想シーンはガルムの暴力に悪意がないことを感じさせるものであり、22巻の内容が、ノルド戦士のすべてを否定するものではないということなのかもしれない。
ポップな物語テイスト
22巻終盤、トルケルはトルフィンに協力したことの見返りに決闘を強いる。それを止めようとするグズリーズ。結果としてグズリーズのトルフィンを想う好意によりトルケルは決闘をやめる。3巻の頃のトルケルなら絶対にこんな展開で決闘が止まることはなかったが、これもバルド海戦役以降本作がポップなテイストになっていたおかげで受け入れられるシーンなのかもしれない。思えばこのヨムスボルグの戦闘からトルケルは似合わないアフロヘアーになっており、このキャラクターがよりポップな存在になったことを感じさせる。
トルケルがポップなシーンは他にもあり、フローキが籠城する古屋に襲い掛かる一コマは、有名なホラー映画、シャイニングのパッケージ写真のオマージュである。
今後の展開
戦闘の終了後、トルフィンはヨーム戦士団の団長となり、ヨーム戦士団の解散を宣言する。当然ヨーム戦士団の多くは納得しない。しかしトルケルがこの場を収める。トルケルはクヌートより今回のヨーム戦士団を巡る処分一切を任されているという書面を示し、事実上クヌートの命令によってヨーム戦士団を解散させる。
これはノルド戦士の世界が終わった後、クヌートとトルフィンによって世界の価値観が描かれることを予感させるものである。プロローグの主人公、アシェラッドの2面性を持つ、クヌートとトルフィンの物語が始まる。ヴィンランドサガは22巻にして、ようやくメインテーマに入ったことになる。
※ この2人は、著者の前作プラネテスの2人の主人公、ロックスミスとハチマキの関係性と同じものである。
↓主人公の関係性について記載した過去記事
いよいよメインテーマに入っていく今後の展開がますます楽しみですね。